第5回「相生山緑地の道路建設に係る学術検証委員会」議事録 要約

  • 日時: 2010年(平成22年)9月28日(火)午前10時〜12時
  • 会場: 名古屋市公館1階 レセプションホール
  • 出席: 山下委員長、林副委員長、足立委員、大場委員、加藤委員、寺井委員、秀島委員、増田委員、松本委員、武田オブザーバー委員(全員出席・委員会成立)
  • 傍聴: 13名
  • 報道: 3社(名古屋テレビ、中日新聞、読売新聞)、フリージャーナリスト1名(録音許可)

資料


会議の全体構成

第5回は、第4回までに整理された「①問題項目シート」〜「⑥オプション(造らない場合)シート」という6種類の分析シートをベースに、評価軸(A〜E)ごとに各委員が意見を述べ、内容を深める回でした。

単なる「道路建設の是非」を問うのではなく、公共事業全般を評価するための学術的な「評価フレームワーク」そのものを提示することが、この委員会の目的だったことがうかがえます。

議論の土台:QOL(生活の質)5つの評価軸

林副委員長が提示した「資料1」に基づく基本方程式で、道路事業に限らずあらゆる公共事業を評価する枠組みとして、以下の5軸が設定されています。

評価軸 内容
A 経済機会 産業・経済力、雇用創出、交通ネットワークの効率性、関連事業(桜通線・地下鉄延伸等)への影響
B 生活・教育・文化機会 自然体験、教育・文化・買物・医療アクセス、次世代への自然誌教育
C 快適性・リラクゼーション 住環境の快適性、緑地の憩い機能、ヒメボタル鑑賞、水循環の保全、バリアフリー度
D 安心・安全性 防災、治安、緊急車両到着時間、歩行者・自転車の安全、財産の安全
E 環境負荷性 低炭素度、公害度、生態系サービス度、ヒートアイランド度

分析の5つのステップ(シート①〜⑤)+オプション検討(⑥)

  1. 問題抽出:各評価軸におけるプラス・マイナスの影響を整理
  2. データ収集:パーソントリップ調査、道路交通センサス、動植物実態調査など
  3. データ解釈:「言えること」と「データ不足で不明なこと」を明確にする
  4. 対策検討:マイナス影響を軽減するための具体的措置(ミティゲーション)
  5. 総合評価:対策後の効果を評価(点数化ではなく、知見の記述としてまとめる)
  6. オプション(参考)検討:道路を「造らない場合」の検討

評価軸ごとに挙げられた問題点と議論

A:経済機会(渋滞・交通需要)

  • 道路整備により、周辺(野並・島田交差点)の渋滞は緩和されるという予測結果が出た一方、「誘発交通」(道路が便利になることで新たに車利用が増える現象)は学術的に予測が困難という指摘がありました(松本委員)。ソフト対策として、公共交通優先策などの検討も必要とされています。
  • 桜通線・地下鉄延伸との競合・整合性の問題も挙げられました。並行して整備される地下鉄の需要予測が「道路がある前提」で行われており、道路がなければ結果が変わる可能性があります。
  • 昭和高校前交差点では、道路整備後もむしろ混雑度が上がるという予測が示されています。
  • 加藤委員は、道路が必要とされる根本要因として緑区東部・東郷・豊明方面の人口増加予測を指摘し、「道路を造らないなら住むこと自体を制限するのか」という踏み込んだ論点を提起しました。長期的には、これらの地域の需要はむしろ高まる可能性があるとされています。

B:生活・教育・文化機会

  • 緑地へのアクセスが向上する一方、散策路の分断という相反する影響が同時に指摘されています。
  • ヒメボタル観察者と住民とのコンフリクトへの懸念も挙げられました。
  • 足立委員は、道路工事で偶然露出した地質から、これまで見えなかった相生山の地下水の成り立ちが分かる可能性がある一方、観察ポイントが限られ十分な分析ができないという限界を指摘しました。この点に関連して、道路建設によって露出した地質などを教材化し、自然誌教育に活用するといった、いわば「負の遺産を正の遺産に転換する」という提案もなされています。

C:快適性・リラクゼーション

道路による水脈の分断、ヒメボタル生息域の減少が、明確な懸念点として挙げられました。特に、寺井委員(水循環の専門家)による指摘は重要です。

森をなくすと蒸発散が減り、水循環に影響する。相生山はもともと乾いた土地で保水力に頼って生態系が維持されており、道路建設でさらに保水力が下がることは間違いない。失われる水を補う工夫が必要。(寺井委員)

この論点は「6つの問題点」の問題点⑤ 水循環の破壊と乾燥化の悪循環と直接対応するものです。

D:安心・安全性

緊急車両の到着時間短縮という期待がある一方、周辺道路での新たな渋滞・抜け道発生の懸念があり、プラス・マイナスが交錯するため「クエスチョンマークをつけるべき」と山下委員長は述べています。

秀島委員からは、次のような重要な指摘がありました。

防犯上の照明設置と、ホタルの生活に必要な暗さの確保は両立が困難。(秀島委員)

防犯効果自体も実証が難しく、最終的には地元住民の価値観による判断にならざるを得ないという論点です。

加藤委員は、歩道が「両側→片側」に変更された経緯を挙げ、狭い片側歩道を自転車・歩行者が共用する安全性への懸念を示しました。

また、都市計画決定(平成16年の変更)の経緯について、「反対意見があったにもかかわらず、当時の論点が現在のシートにきちんと反映されているか検証すべき」と指摘しています。

「死者の一票(死者の民主主義)」という言葉を用い、40年前の決定が現在まで見直されない構造そのものに疑問を呈しました。

この論点は「6つの問題点」の問題点① 時代遅れの計画および問題点② 不誠実な合意形成と重なるものです。

E:環境負荷性

渋滞緩和によるCO2削減効果がある一方、誘発交通によりCO2が増える可能性という、相反する効果が指摘されています。

増田委員(生態系専門)からは、次のような重要な指摘がありました。

生態系保護の最大の問題は「何が生息しているか」という現状把握のデータそのものが不足していること。ミティゲーション(代替措置)、コリドー整備、アニマルパスウェイなどの対策は実施しているが、調査されていない種については対策のしようがない。(増田委員)

大場委員(ヒメボタル専門)も、次のように述べています。

ヒメボタルでさえ生態が十分に解明されているとは言えない。「かもしれない」としか言えないのが環境問題の本質であり、他の評価軸でどうしても譲れない部分があるなら、環境の側が譲歩を迫られがちだが、本来はもっと落ち着いて研究すべき対象。(大場委員)

これは「6つの問題点」の問題点④ ヒメボタルや生態系への深刻なダメージ、特に予防原則の考え方と対応する内容です。

「わからないことを、わからないと認める勇気」こそが学術的に誠実な態度である、という姿勢がこの回を通じて一貫しています。

寺井委員も、「生態系にマイナス効果が出るのは間違いなく、プラスになることは決してない」と明言し、データ不足で総合評価自体が困難であることも指摘しました。


手続き・進め方をめぐる議論

武田オブザーバー委員からは、重要な問題提起がありました。

委員会の名称自体に「道路建設ありき」の前提が組み込まれている。高度成長期には多少の犠牲を伴っても道路を通す時代だったが、名古屋市は成熟社会に入りつつあり、その歪みが今回の問題に表れている。(武田オブザーバー委員)

加藤委員は、この委員会が事業の中止・続行を最終決定する場ではないと明言したうえで、2つの重要な論点を提起しています。

  1. 現在の評価が「名古屋市全体」の視点に偏っており、受益者と被害者(ステークホルダー)が誰かという視点が弱いこと。「全体のレベルが上がれば誰かが犠牲になってもよい」という考え方につながりかねません。
  2. 平成16年の都市計画変更決定の経緯・反対意見の内容が、現在の問題整理にきちんと反映されているかの検証が必要であること。

これらは、「過去に決まった計画をどう見直すか」という、行政の継続性と現代の価値観のギャップをめぐる、本質的な議論に発展しました。

40年以上前の決定(いわば「死者の民主主義」)が今も有効であり続けることは、成熟社会においては不自然な場合がある、という問題意識です。

「わからないことが多い」からこそ、その不確実性というリスクを、意思決定側がどう引き受けるかが問われるべきだ、という指摘もなされています。

山下委員長は、次のように総括しました。

学術検証委員会は「造るべきか否か」を判断する場ではなく、判断のための学術的根拠を提示する場。データ・調査が不十分で「総合評価ができない」なら、できない理由を明示すればよい。「わかっていないことを、わかっていないと認める勇気」が学術には必要。(山下委員長)

林副委員長も、総合評価は点数化できるものではなく、各委員の知見をベースにした定性的なものであり、まじめな検討の蓄積を「現時点の知力の限界を示した、生きたデータベース」として残すことに、この委員会の意義があると説明しています。


「6つの問題点」との対応関係(まとめ)

「6つの問題点」の項目 第5回議事録における対応する論点
① 時代遅れの計画・アセス不足 都市計画決定(S16年変更)の経緯検証の必要性(加藤委員)、SEA的な視点の欠如への言及
② 不誠実な住民合意形成 「死者の一票」=行政の継続性の是非(加藤委員・山下委員長)、住民の価値観をどう反映するかの未整理(秀島委員)
③ 科学的根拠を欠いた道路建設効果 誘発交通の予測困難性(松本委員)、交通需要予測の前提条件の限定性、データ不足による解釈の限界
④ 生態系へのダメージ ヒメボタル生態の未解明(大場委員)、現状把握データの不足(増田委員)、防犯照明とホタルの暗闇要求の両立困難(秀島委員)
⑤ 水循環の破壊・乾燥化の悪循環
森林伐採による蒸発散減少・保水力低下(寺井委員の発言が直接対応)
⑥ 財政・公共事業としての不適格性 本議事録では直接の言及は少なく、対策コストや代替措置費用への言及にとどまります(今後の回でより明確化される可能性)

今後の予定

次回(第6回、10月29日予定)で、①〜⑤の議論を文章化した報告書素案と、「オプション(造らない場合)」の検討を提示する予定であることが確認されました。

縦軸・横軸を入れ替え、「工事を続けるか、やめるか」という切り口から、5つの評価軸を再整理する方針も示されています。


明らかになった問題点

第5回学術検証委員会で明らかになったのは、名古屋市の道路計画が、十分な調査もなく、まともなデータも持たないまま進められてきた、という実態です。

検証シート(別添資料)を見ると、「分析できず」「評価できない」といった記載が随所に目立ちます。

計画の目的として「渋滞解消」や「入り込み対策」が掲げられていたにもかかわらず、議事録上では、基本的な交通予測すら十分にはできていなかったことがうかがえます。

この点については、「相生山の自然を守る会」による意見書でも、厳しく指摘されています。

そもそもこの道路計画は、環境意識がきわめて低かった高度経済成長期に決定されたものです。

今一度、白紙に戻して検討する必要があるのではないでしょうか。

そのためには、「過去に決まった計画をどう見直すか」という法的な制度づくりも、あわせて必要だと考えられます。


感想

ここまで整理してきたQOL(市民生活の質)5つの評価軸は、2010年に策定されたものであり、その点には留意が必要です。

2010年以降、環境問題についての議論はさらに進み、地球温暖化をはじめとする環境悪化も、当時以上に深刻化しています。

そのため、2026年現在の視点で都市計画を考えるうえでは、いくつかの補足が必要だと感じています。

2026年版の評価フレームワーク

というわけで、現代の環境に適するようにアップデートした2026年版の評価フレームワークを、管理人が独自に作成しました。

議事録の要約

  1. 「第1回議事録」要約
  2. 「第2回議事録」要約
  3. 「第3回議事録」要約
  4. 「第4回議事録」要約
  5. 「第5回議事録」要約
  6. 「第6回議事録」要約
  7. 全体の要約