天白区の相生山緑地を横切る道路計画「弥富相生山線」。

これまで生態系への影響が主に語られてきましたが、地形をよく見ると、水害リスクという、もう一つの重大な問題が浮かび上がってきます。

郷下川

地形から見えてくるリスク

地図で確認すると、弥富相生山線の予定ルートは、相生山の谷筋(沢筋)と重なっています。

谷筋というのは、雨水が地表・地中を通って自然に集まってくる、いわば「森の集水域」です。

さらに重要なのは、この谷筋の水を集めて流れる「笹原排水路」が、郷下川という河川に合流している点です。

郷下川は、2000年の東海豪雨の際に氾濫を起こし、天白区野並地区に深刻な浸水被害(最大2m超)をもたらした河川です。

つまり、

  • 相生山は、雨水を蓄え、ゆっくりと地中に浸透させる「天然のダム」として機能してきた
  • その谷筋を道路が横切ることで、このダム機能が損なわれるおそれがある
  • しかもその先には、過去に深刻な水害を経験した河川がつながっている

という地形的な条件が重なって、看過できないリスクを生み出しています。


具体的に想定される洪水リスク

① 相生山周辺(笹原・菅田・福池地区など)での内水氾濫リスク

道路がアスファルトで覆われると、降った雨は地中に浸透せず、そのまま地表を「川」のように流れていきます。

また道路建設にともなう森の乾燥化によって、森が持つ貯水機能が失われます。

このため、谷筋の下流にあたる笹原・菅田・福池地区などでは、大雨の際に短時間で雨水が集中しやすくなり、水害リスクが上昇すると考えられます。

② 郷下川を通じた、野並地区への波及リスク

相生山の谷筋にある笹原排水路は、郷下川に接続しています。

道路整備によって郷下川への流入量が増加すれば、下流にあたる野並地区の水害リスクにも影響し得ます。

京都大学防災研究所による学術論文では、東海豪雨時の野並地区の浸水被害について、浸水シミュレーションモデルを用いた検証が行われています。

この論文は、次のように結論づけています。

「郷下川と藤川からの溢水が全くなかったと仮定すると浸水位は非常に小さなものとなった」

つまり、郷下川からの溢水(あふれ出し)こそが、野並地区の壊滅的な浸水被害を決定づけた主要因の一つであったことが、学術的なシミュレーションによって定量的に裏付けられています。

相生山の水循環が変化し、郷下川への流入パターンが変われば、この構造に何らかの影響を与える可能性は十分に考えられます。


名古屋市の対策は、本当に十分か

名古屋市は、この点について次のように説明しています。

「弥富相生山線ではその整備に伴う雨水流出の増加に対し、概ね30年に一回程度発生しうる降雨を対象とした雨水流出抑制施設として、約1,000m³の貯留施設を既に整備しております」

一見、「対策済み」に聞こえますが、この数字を検証してみると、いくつかの重要な限界が見えてきます。

1. 簡単な試算:1,000m³は何に対応できる量なのか?

道路の対象区間(延長約892m×幅員12m=約1.07ha)について、標準的な雨水流出計算(合理式)を使い、東海豪雨クラスの降雨強度(時間雨量約90〜97mm/hr)を当てはめてみます。

Q = (1/360) × C × I × A

  • Q:ピーク流出量(m³/秒)
  • C:流出係数(舗装道路は0.8〜0.9程度、森林は0.1〜0.2程度)
  • I:降雨強度(mm/時)
  • A:集水面積(ha)

弥富相生山線の対象区間(約892m×幅員12m=約1.07ha)と、東海豪雨クラスの降雨強度(時間雨量約90〜97mm/hr)を当てはめて概算してみます。

道路(舗装後)の場合: Q = (1/360) × 0.9 × 90 × 1.07 ≒ 0.24 m³/秒

同じ場所が森林のままだった場合: Q = (1/360) × 0.15 × 90 × 1.07 ≒ 0.04 m³/秒

差分(道路化によって新たに増える流量): 約0.20 m³/秒

これを1時間(3,600秒)分の降雨として単純に積算すると:

0.20 m³/秒 × 3,600秒 ≒ 約720〜730 m³

となり、1,000m³という数字は、「道路の舗装面から、1時間程度の降雨で新たに増える雨水」を吸収する容量としては、確かに一定の説明がつく規模です。

2. しかし、決定的に足りない点がある

問題は、東海豪雨が「1時間の雨」ではなかったことです。

東海豪雨は、総雨量567mmという記録的な大雨が2日間にわたって降り続いたものでした。

「1時間分の道路面流出」を吸収する容量で、2日間続く豪雨に対応できるはずがありません。

さらに、この1,000m³はあくまで「道路の舗装面から出る雨水」だけを対象にした施設です。

これまで整理してきた学術検証委員会の資料によれば、道路整備によって緑地全体で年間7,300m³の新規流出が生じ、雨水の直接流出率が36%から52%へと上昇すると試算されています。

この「緑地全体の保水力低下」という、より根本的で長期的な水循環の変化には、そもそもこの貯留施設は対応するように設計されていません。


本末転倒ではないか

名古屋市は、弥富相生山線について「防災道路」としての機能も期待できると説明しています。

しかし、ここまで見てきたように、この道路自体が、緑地の保水機能を損ない、下流域の水害リスクを高める側面を持っている可能性があります。

「防災のための道路」が、かえって「水害リスクを高める道路」になってしまうとすれば、これは本末転倒と言わざるを得ません。


もう一つの側面:水源を破壊するリスク

水害(増える側)だけでなく、逆に「水が枯れる」側のリスクにも目を向ける必要があります。

相生山は、麓の郷下川(笹原排水路経由)の水源の一部となっている可能性が高く、道路の計画ルートは、まさにその谷筋・水源地にあたります。

想定される影響は、次の通りです。

  • 地下水位の低下・湧水の枯渇:森林が持つ「スポンジ機能」(雨水をゆっくり地中に浸透させる働き)が失われることで、地下水の涵養量が減少します。
  • ため池・湿地の水位低下:相生山には、かつて「白竜ヶ池」という池が存在しましたが、現在は枯れて窪地のみが残っています。これは、周辺の環境変化によって実際に水源が失われた前例として重要です。
  • 森の乾燥化とその二次的影響:蒸発散量の減少により、森全体の湿潤環境が変化し、湿った土壌を好む生物(ヒメボタルの幼虫のエサとなる陸貝など)にも連鎖的な影響が及ぶ可能性があります。
  • 水質汚染リスク:工事中の濁水の流出に加え、供用後は自動車由来の油分・重金属・融雪剤などが雨天時に路面から周辺の水系へ流れ込むリスクも考えられます。

両極端な影響

これまでの話を総合すると、郷下川への影響が「両極端」に現れる可能性があるという点です。

森林が失われ都市化が進んだ流域では、一般に「平常時は地下水からの供給が減って水量が減少し、逆に豪雨時は地表を流れる水が急増してピーク流量が増加する」という、水文学でよく知られた現象が起きます。

つまり、普段は水が枯れ気味になり、大雨のときだけ一気に増える「暴れ川」化が進む可能性があるということです。


まとめ

地下水脈や水循環の問題は、目に見えにくく、生態系や交通問題と比べても注目されにくいテーマです。

しかし、緑地・生態系の保全はもちろん、防災や都市計画の観点からも、決して軽視できない問題です。

「30年に一回の降雨に対応した貯留施設を整備した」という説明だけで思考を止めてしまえば、東海豪雨のような記録的豪雨への備えとしても、緑地全体の水循環への配慮としても、不十分なまま計画が進んでしまいます。

相生山の谷筋という地形的な条件、そして郷下川・野並地区が過去に経験した深刻な水害の記憶を踏まえれば、この水問題は、決して無視することのできない論点だと思います。