この記事の位置づけ
※この記事は、「分布・個体数の調査」だけでは、ヒメボタルが将来も残るとは言えないの続きです。
前の記事では、「現在広く分布している」ことと「将来も残る」ことは別であり、後者を言うには、生息地の質、生息地同士のつながり、個体群の存続可能性を評価する必要がある、と述べました。
この記事では、その「将来の存続性」を、生態学では具体的にどのように考えるのかを、基本的な数理モデルの例で紹介します。
評価の流れ(一つの整理として)
存続性の評価は、たとえば次のように整理できます。
生息地 → ネットワーク → 個体群
| 評価の段階 | 問い | 手法の例 |
|---|---|---|
| ① 生息地 | 生息に適した環境が、質も含めてどれだけ残るか? | 生息地評価・GIS |
| ② ネットワーク | 生息地同士のつながり(連結性)が保たれるか? | 連結性分析・メタ個体群モデル |
| ③ 個体群 | 各地域の個体群が、将来も存続できるか? | 個体群動態モデル・個体群存続可能性分析(PVA) |
各ステップの解説
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ステップ①:生息地(ハビタット評価・GIS)
- 役割:GIS等でコアエリアの縮小率を算出します。
- ポイント:単なる面積計算だけでなく、道路建設による乾燥化や光害などの「質的劣化(有効ハビタットの減少)」を評価するための基準となります。
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ステップ②:ネットワーク(連結性分析・メタ個体群モデル)
- 役割:分断による交尾・移動成功率の減少をモデル化します。
- ポイント:飛べないメスを持つヒメボタルにとって、幅12〜16mの道路は「分断壁」として機能するため、このステップ②の検証が欠落していること自体が、科学的な欠点となります。
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ステップ③:個体群(個体群動態モデル・PVA)
- 役割:①と②の結果を統合し、「10年後・50年後に絶滅せず存続できるか」を数理的に予測します。
- ポイント:「アリー閾値」や「絶滅の渦」が数理モデルの変数として組み込まれ、長期的な影響が定量化されます。
このうち、②と③について、代表的なモデルの考え方を見ていきます。
②ネットワーク:メタ個体群モデルの例
レビンス型モデル
最も単純なメタ個体群モデルが、レビンス型モデルです。
生息地(パッチ)が多数あり、ある時点で一部のパッチにだけ個体群がいる、という状況を考えます。
- p:個体群がいるパッチの割合(占有率)
- c:個体群がいるパッチから、空いているパッチへの定着の速さ(植民・再定着率)
- e:各パッチで個体群が消える速さ(局所絶滅率)
とすると、占有率の変化は次のように表されます。
dp/dt = cp(1 − p) − ep
この式を、変化が止まった状態(dp/dt = 0)で解くと、占有率は p = 1 − e/c となります。
つまり、c > e(c/e > 1)のときだけ、メタ個体群は存続でき、c ≦ e では、いずれ全体が消滅します。
言い換えると、「パッチ間の再定着が、局所絶滅に追いついているかどうか」が、存続の分かれ目になる、ということです。
ただし、このモデルは、すべてのパッチが同じ質で、同じようにつながっている、という強い単純化を置いています。
現実の生息地には当てはまらない部分が多く、あくまで考え方を示すための出発点です。
道路建設による生息地の消失を組み込むと
相生山緑地の場合、次の3つのケースを想定する必要があります。
- パッチ(生息地)が、道路建設で破壊される場合
- パッチが、道路建設で分断される場合
- 破壊されるパッチが、重要なエリアの場合
この場合には、レビンス型モデルを拡張して、生息地が破壊された割合(D)を加えたモデルで考えます(ティルマンらによる拡張)。
dp/dt = cp(1 − D − p) − ep
このモデルでは、メタ個体群が存続できる条件は、D < 1 − e/c となります。
仮の数値で考えてみます。
1. パッチが、道路建設で破壊される場合
c/e = 2 であれば、破壊された生息地の割合が50%未満の間は存続できます。
2. パッチが、道路建設で分断される場合
分断の例として、たとえば道路建設前には、
A ←→ B
という交流が存在していたものが、道路建設後に、
A ←❌️→ B
となれば、パッチA、パッチBの間の再定着がきわめて困難になります。
上記のような道路による分断で、定着率 c が半分になり、c/e = 1 になったとすると、破壊が全くなくても、存続の条件を満たさなくなります。
ここから分かるのは、生息地が失われる量(D)だけでなく、道路による分断で、パッチ間のつながり(c)が弱まることも、存続性に大きく関わる、という点です。
3. 破壊されるパッチが、ソース(供給源)の場合
実際の個体群では、パッチによって役割が異なります。
個体が多く繁殖して他へ供給するソース(供給源)と、供給を受けて維持されるシンク(吸収源)です。
国総研(国土技術政策総合研究所)の資料も、メタ個体群が長期的に存続するには、供給源となる個体群が必要であり、道路によってソースとシンクの交流が途絶えると、その地域で種が存続できなくなる可能性がある、としています。
ソースとなるパッチが失われると、影響は、その面積の割合以上に大きくなる可能性があります。
レビンス型モデルでは、この違いを表現できません。
参考:ソースとコア・エリア
相生山について、「道路予定地が生態系のコア(核心部)にあたるのではないか」という指摘は、これまでに市民側から出されています。
- 2010年の学術検証委員会・第1回で、市民団体(ヒメボタル幼虫調査実行委員会)の独自データでは、道路予定地が幼虫の生息分布の帯状エリアと重なっていることが示されました。
- 同・第2回では、公述人(エコミュージアムあいち)が、道路予定地が生態系の「コア」にあたり、ヒメボタル個体群の分断・絶滅リスクを高める可能性があると指摘しました。
ソースとコア・エリアは混同しがちですが、ソースは個体群を示す用語で、コアは個体群が生息する場所を示す概念です。
すなわち、相生山緑地の「コア・エリア」は、ヒメボタル個体群全体を維持する「ソース(供給源)」として機能している可能性がある、ということです。
「絶滅の負債」という考え方
もう一つ重要なのが、「絶滅の負債」という考え方です。
生息地が減ったり、分断されたりしても、絶滅はすぐには起きず、長い時間をかけて遅れて現れることがある、というものです。
すなわち、工事の直後や数年間のモニタリングで個体が確認できても、それは将来の存続を保証しません。
市は、既に整備した区間の結果を踏まえて、「整備が終われば回復していくものと考えている」と説明していますが、その根拠となるモニタリングの期間や指標が、個体群の存続性を示すのに十分か、という検証が必要になります。
③個体群:個体群動態モデルとアリー効果
次に、個々の個体群が将来も存続できるかを見る、個体群動態モデルです。
代表的な例が、「アリー効果」を組み込んだモデルです。
アリー効果とは、個体群の密度が一定の水準を下回ると、繁殖率や生存率が急に低下し、個体群が絶滅へ向かう、という現象です。
強いアリー効果を表す代表的なモデルは、次の形です。
dN/dt = rN(1 − N/K)(N/A − 1)
- N:個体数
- K:環境収容力
- A:アリー閾値
個体数Nが閾値Aを上回っている間は個体群が維持されます。
しかし、閾値Aを下回ると増加率がマイナスになり、個体数は減り続けます。
ヒメボタルは、アリー効果の影響をきわめて受けやすい可能性
ヒメボタルのメスは後翅が退化していて飛べません。
さらに、オスが光を頼りにメスを探し、成虫の寿命も短い、という生態的特性があります。
このため、密度が下がると、出会えないまま寿命を迎える個体が増えることが考えられます。
こうしたことから、ヒメボタルはアリー効果の影響を受けやすい可能性があります。
まとめ
ヒメボタルは、メスが飛べないために、分布地の移動性が小さく、個体群が隔離されやすい種だとされています。
このような種で、「絶対残る」「かなりの確度をもって言えそう」「整備が終われば回復していく」と学術的に言うためには、少なくとも次のデータが必要です。
- 評価の方法:将来の存続性を、どのような科学的方法(数理モデル、個体群存続可能性分析など)で評価したか? その方法、前提、結果は?
- 移動阻害の定量化:道路(幅12〜16mの舗装面)が、飛べないメスや、オスの往来をどの程度遮断するか?
- 既整備区間のデータの位置づけ:既整備区間のモニタリングの期間と指標は、将来の存続性を示すのに十分か? これから整備する区間との条件の違い(一般車両の通行、照明、橋りょう構造の有無など)は、どう考慮したのか?
これらのデータが示されて初めて、「ヒメボタルは守れる」という主張は科学的な裏付けを持つことになります。
科学的根拠の提出が必要
しかしながら、これまで公開されてきた資料の中に、こうしたデータは見当たりません。
「学識者ヒアリング」で「絶対残る」などと主張したからには、それを裏付ける科学的根拠の提出が必要になります。
名古屋市には、「絶対残る」という根拠となる、これらの定量的なデータを、あらためて開示していただきたいと思います。